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文章屋Y.S.のよしなしごと日記、音楽映画書評など

ブット暗殺

 年の瀬にえらいことになっている。
 パキスタンでは暗殺は日常茶飯事だが、彼女は相当な重要人物だったようだ。今もそこらじゅうで暴動が発生しているらしい。

ちょっと勉強した。
 ムスリム国家としてインドから独立したパキスタンだが、政情は常に不安定だった。そもそも国家樹立の際の、互いの異教徒への弾圧。レイプと虐殺、血塗られた国家の樹立は、イスラエルとパレスチナをほうふつとさせる。
 もともと中央の統制力は弱く、部族社会はブットに言わせれば「中世」社会さながら。
 この無政府状態あればこそ、政権は常に親米でありながら、この国がアルカイーダなどのイスラム過激派の潜伏拠点として機能していると言われるわけである。
 当然アメリカは、安定して統治力の強い、親米政権が欲しい。当然、建前だけでも民主政権でないと困る。
 ムシャラフは戒厳令を敷いたり自らを文民化して公正な選挙を行うと言ってみたり、ぎりぎりのアクロバットで権力を維持してきたが、いい加減危なかった。そしてブットの死で、いよいよ手詰まりの感がある。もう選挙などできない。だいたいこのムシャラフも、アメリカがやたらと支援すればフセインの二の舞になりそうな人物だ。
 アメリカの青写真は、アメリカ軍のパキスタン国内過激派掃討作戦を支持するブットと、軍と密接なつなりをもつムシャラフを、「公正な選挙」の末協力させるというものだったようだが、全ては水泡に帰した。

 このように考えれば、ブットは悲劇のヒロインというほどのものではない、見る者の立場によってはアメリカの走狗に過ぎない人物とも言える。

 テロは論外だ。しかし部族社会を外から批判するのも何だし、西側自由民主主義が誰にでも通用する正義とか理想でもない。
 それでも、現状を見れば、またそこら中で無力で罪のない人の命が奪われている。内戦に発展しかねない。汚職まみれだろうとお仕着せ民主主義だろうと、これよりはまし、何より安定こそが、権力などに生涯関わらない多くの人々の恵沢に寄与すると考えるのは、お仕着せ民主主義国家に生まれ育った人間のエゴに過ぎないのだろうか。

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神世界

 全然新味のない霊感商法だが、まだだまされる人間がいるらしい。
 ただ……。

 円天とか、NOVAあたりで大損こいた方々には、全く同情の余地はないと考えている。欲をかいたかワキが甘かったかで、どうせどこかでこける人間だ。

 しかし、子どもが重い病気で苦しんでいるとか、事故や災難が続くとかで、八方ふさがりで悩んでる人から弱みにつけ込んで金をふんだくろうとは、全く悪質極まりないし、だまされた人にも気の毒な方は多いと思う。
 しかし会社の業績がよくなくて1600万つぎ込んだ方については、こんな人が役員の会社は早晩潰れると思うし、その金で他の営業努力ができただろうとも思う。

 お金を取って恵みを垂れる神など存在するはずがないし、そんないやらしい神は存在したとしても、信じない方がいい。これは権威ある神社もお寺も、教会も同じだ。

 坊さんなりが、地域社会の中の教師であり、医師であり、地域を子と見るなら大いなる祖父のような存在であってこそ、お布施をし、寺社を支える意味があった。私はとある地域で就職をしたとき、新車のお祓いをしてもらって5000円か一万円払ったが、このことについて無駄とも思わないし、その神主さんは地域の名士的人物でもあって、敬意も払っていた。誰だかわからない人になら、頼まなかった。
 きっと昔の欧米の教会や神父にもそういう役割を担った時期があると信じるが、地域コミュニティには浄財をプールするポジションがあった方がよかったのだ。一種の相互扶助や保険である。名目はどうあれ、どうにか余裕のあるときは、そこに人々はお布施をする。寺社では、孤児を預かって育てることもあるし、様々な人の悩みにもこたえる。教育があまねく行き渡っていない時代、お坊さんは知的リーダーでもあったのだ。

 今のあらゆる神職に、何を期待できるか冷静に考えてみることだ。坊主の芸者遊びの費用をなぜなけなしの稼ぎから捻出する必要があるのか。具体的な御利益を期待してお賽銭や布施をするなら、googleの株でも買った方がいいだろう。もう遅いけどな。
 インチキと言われるカルトや霊感商法と、今の既成宗教は、等価に無価値である。

死刑賛成は9割

 日本ではそういうことだそうだ。マスコミと国家の安全神話崩壊キャンペーンが効いたかね。すぐにそういうのに踊らされる民度の低い国だから日本は。

 人が反省して人生をやり直せるレベルの犯罪については、刑務所も有効だ。泥棒だとか痴漢だとか酒の上の暴力とかね。
 しかし欲望に基づく強盗殺人、強姦殺人、まして無差別殺人などの凶悪犯罪は、もはや誰にも裁けはしない。反省もやり直しもない。
 それからここまでキレたことをする人間は、刑罰を重くしても犯罪抑止できない。これは断言できる。

 これらについて、有期刑で刑務所を出てくるケースもあることが、私には驚きである。つまり総じて、日本の刑は甘い。自分の子どもを虐待して死にかけまで追い込んで、三年で出てくるとか考えられない。

 それがある水準を超えるといきなり死刑だ。次元が違いすぎる。

 人が人を裁き、反省させ更正させられる次元を超えた犯罪は、全て終身刑にすべきである。恩赦も減刑もない。だいたい恩赦ってなんだ。
 終身刑にすれば再犯の可能性はなく、市民の安全は守られる。ついでに海外の例でいうが、終身刑の人間の自殺率は高い。大変つらいものだそうだ。自由になる希望のないムショ暮らしというものは。
 死刑は救済ではないか? 自分なんか生まれてこなかったと思うほど自暴自棄だから、無茶をやる人間にとって。小学生8人殺しのTを見よ。

 だからと言って、城内引き回しだ、耳鼻そぎだとかさすがに言い出さないよね。死をも救済と考えるほどの凶悪犯罪者には、文字で書けないにしてもそれなりの重荷を背負った苦しい生があったはずなのだ。
 二度と罪を犯せない状態にして、普通の市民の安全さえ守れれば、いいではないか。

 情状酌量とかいうのがだいたいおかしくて、やったことの重さで刑は判断すべきである。事実でだ。弁護士や本人の口のうまさで懲役二十年か死刑かなんて、天と地じゃないか。本人の知的レベルが低く、衝動性が抑えにくく、弁護士がやる気がなければ死刑、金持ちで、同情を買うのがうまい、本当は性格がねじくれて極めて危険な人物の方が、生きて娑婆に出られる可能性が高いのだ。

 重大事犯での冤罪が頻発する、不透明で低レベルな捜査と起訴のシステムと、死刑制度のセットは、大変危険だ。
 そもそも、捜査も司法も人のやること、限界を知るべきだ。人を殺す権利を、司法に与えるべきでない。
 死刑廃止、減刑無しの終身刑の創設を提案する。

 ついでだが、心神耗弱と喪失について、精神科医に判断させて、これらを司法で裁けないとして減刑や無罪放免しておいて、閉じこめた病院(ていうか指定精神科医三人だったかな)に退院の判断、つまり司法並みの権限を与える考え方は、どこから出てきたんだ?
 危険極まりない。「犯した事実」で裁かれるべきである。心神喪失でも、無差別殺人は終身刑だ。あるいは、それに準ずる強制措置入院である。病院から出してはいけない。本人が不幸であるとかないとかいう問題でない。正気で人を殺す人間にだって背負った業や不幸はあるのだ。市民の安全第一。やむを得ない措置のはずである。
 このルールにしておけば、裁判で詐病をはかる見苦しい凶悪犯も減るだろう。

薬害肝炎訴訟

 大阪高裁の和解骨子案というものが、果たしてどの程度正当なものだったのかは、材料不足で何とも言えない。町村は裁判の結果をどう考えているのかと原告団を批判したが、原告団はこの判決が不服なのだから、この批判は的を射ていない。

 金額的には原告の要求を上回り、実質的な全員救済をもたらすという政府案(桝添案)を、原告団は蹴った。理解に苦しむという向きもあるだろうが、考え方によってはしごくもっともな判断である。ただし裁判が長引き、実際の患者らの負担が増すという点からは、原告の中でも死に瀕している人や、経済的に困窮してる人にとってどうなのかという疑問は残る。

 そもそも今回政府が提示した案は、極めて日本的なものであって、少なくともアメリカ、たぶん多くの先進国では通用しない。「意味がわからない」「日本には論理というものが存在しないのか」と言われるだろう。
 金を払うということは、普通は責任を認めたということなのだ。国や製薬会社の法的責任の範囲外(東京地裁判断)には、「損害賠償」ではない別名目の金を払うというのはつまり、「責任は認めないが金は払う」という、日本人にとっては何となく理解できても、論理としてははなはだおかしなことになってしまっているわけなのだ。
 アメリカでこういうことをすると、金の支払いを認めた時点で責任も認めたと自動的に認定される。同類例での訴訟が山ほど起こって自動的に負けるので、おいそれと互いにひけないわけだ。
 国際的常識もそうだし、裁判で争っている政府と原告団は「身内」「親戚」ではない。こっそりポケットに現金をねじ込むような手段は通用しない。きちんとした筋を通す習慣を、いい加減つけないと、国のトップとしては恥ずかしい限りだ。

 ただ最高裁に持ち込まれた場合には、判決が後退する可能性はなきにしもあらずだが……。素人考えでは、当時の状況で国や製薬会社が対策を講じられたかどうかに関わらず、被害に遭った人には弁償するのが当たり前と思うがな。現実に菌入りの薬を認可して売ってたんだろうが。そこに責任がなかったら薬害肝炎てのは何か? 天災なのか?

佐世保銃乱射事件

 事件経過が、スポーツクラブで猟銃を撃ちまくった上教会で自殺、なんて話で、ディテイルだけ聞けば、日本の話と思えない。

 ただ、警察の銃規制についてヒステリックに吠えていたワイドショーのコメンテーターには、何もない普段は考えもしていなかったくせに、ことここに至って一人だけ正義感に燃えた過剰な演技でわめくのは見苦しいと言っておこう。

 日本の銃規制は諸外国でも厳しい部類で、ニュースで手続きが紹介されていたが、犯罪だけを目的にして銃所持を目指しても、数年単位の時間がかかると思われた。
 またこの容疑者、ある程度距離のある人間には人当たりのよい人間にしか思われず、体格や運動神経にも恵まれ、クレー射撃の大会などにも出場して、それなりの成績を修めているため、もう少し銃規制が厳しくても、すり抜けた部類の人間と思われて仕方がない。

 ただしそんな競技にも趣味にもかかわることなく、ホンモノの銃など素手で触れたこともない人間にとっては、見ず知らずの人間が銃を持てるということ自体、大変居心地の悪いものだ。そして今回の場合、近隣では相当に奇行や不気味さが目立っていた(報道によればだけどね)とか、あと常識外れの数の弾を所持していたことなどが、問題である。
 車は凶器であって運転免許の更新があれだけ煩わしいことを思えば、弾は購入ごとに公安関係に届けなきゃいけないとか、二、三年に一回銃所持免許更新があるとか、そもそも殺傷力の強い弾は、買って使い切って、残ったらどこかに返さなきゃいけなくて、所持は不可能にするとか(練習に殺傷力の強い実弾は不要だろう)、システムの改善の余地はかなりある。
 しかし、素行が「あやしい」とか目つきが悪い程度では、警察にはどうすることもできない。簡単に家宅捜査もできないし、今回は膨大な弾を持っていたが、銃が見つかっても不法ではなかった。借金も無職も犯罪ではない。「不審者」騒ぎも多いが、やたら警察に権限を与えたりあいつの家になぜ踏み込まないのかなどと言うのは、多くの国民の自分自身のプライバシーや行動の自由に、悪影響のあることで、大変危険だ。感情的になるべきでない。
 つまり、警察が何もしてくれなかったと責めるのは、今回の場合、酷な部類ではないかと思う。

 動機の面では、あの美人(本当に美人だった)インストラクターへの横恋慕と、行き詰まった感じの人生の様相から、精神的に不安定になり、彼はひっそりと自殺するタイプではなく、逆恨みだろうと嫉妬だろうと、多くの人間を巻き添えにして派手に人生を終わらせたかったというところかと、現状は思われる。小学校乱入のTや、三菱銀行立てこもりのUに、路線は似ている。

 猟銃がなくても、ナイフでも手製爆弾でも無差別殺人は行えるわけで、問題の本質は、銃規制ではない、が……。
 やはり、趣味やスポーツの方には申し訳ないが、銃のように凶行への閾値が下がる危険物は、極力一般社会から排除する方向で、規制を見直し、チェックがザルにならない工夫をしてもらいたいとは思う。

追伸:
 無知でごめんなさい。猟銃の認可って、年一回の面接や、三年に一度の診断書など書類提出など、運転免許並みには面倒な更新が必要な模様。とすりゃ、それが形骸化してザルになってないかが問題なわけか……。

かつてない政局

 もめてるなあ。
 今はちょうど、年金記録の名寄せが、どうも公約のパーフェクトにはほど遠い結果に終わりそうな事態で、野党が攻勢を強めている。
 ただし、確か民主党も同じことを公約していたと思う。自民党より早くやると言ってたはずだ。
 これはもともと、できるはずのないことだった。
 民主党が特別なノウハウを持っていたと思えない。コストや人材を多くつぎ込めばできるというものではない。とすれば、嘘つきなのは民主党も同じだ。

 まあ、懸念された大政翼賛会というよりは、必要以上に対立構造を深めているかに思える二大政党、意外な構図だ。まあ、みせかけの要素は多分にある。大連立も可能性はあったわけだし。

 大阪知事選挙も、ろくたら候補者の名前が出てこないと思ったらばたばたと、三つ巴の構図が決まった。
 橋下みたいな軽薄なタレント弁護士(先日悪口書いたばかりだ)には絶対当選してほしくないので、選挙に行こうと思う。久しぶりに共産党に一票を投ずる。国政において存在感がどんどん希薄になってる同党だが、都市部ではまだまだ力がある。人材が厚いので、いなかのどこでも一人候補を立ててる状況の、力量識見のない候補ではないと信じる。
 
 ただ実は、いずれの候補が当選しても、昔よりはいい、まともな選挙、まともな体制ができあがると信じている。
 かつては地方代議士と言えば、ワイロで太るだけの俗物しか、そもそも立候補すらしないと思われていた。
 だからノックのような、ほとんど何もできないに決まっているタレントが知事になれたのだ。よりマシな人物を選びたいという意味で。
 東国原知事は、けっこう優秀なブレーンを揃えているらしく、公約も具体的だったし、当選したあとも、タレントならではの八面六臂の活躍で地域活性化を進めているようだ。彼はタレント政治家の印象を一新した。
 大阪のような都市部では、彼のように有名さをもって地域PRみたいな活躍はできない。しかし油断のできない三つ巴の中で、橋下に限らず、三候補ともが具体的で実現可能なマニフェストを示さざるを得まい。
 昔と違って国にも地方にも土建屋やわけのわからない官僚流れにたらたら流す金の余裕などない。
 当選後も、どこに金を傾けるかに温度差はあるにしても、みんなみえみえの無駄は切りにくる。たぶん、三人の誰がなっても、それはある程度進むと思っている。

 となればとにかく公明党がいやなんだよ。皆殺しだ創価学会と公明党。だから自民党に投票は、できないな。

電子マネーと自販機

 ニュースで、8種の電子マネーに対応した自販機を複数の電機メーカーが開発云々、とあった。

 8種って、なんかやたら細分化して、ユーザーにとっては煩わしいことこの上ない。もう少し淘汰が進んで欲しいものだ。手数料無しで相互交換などできないから、微妙な残高があちこにに残ったりする。

 ただ、自販機との相性はいいと思う。
 もともと、あんなのが街中のそこらじゅうにあるのは安全大国日本だけだ。
 それでも、近頃は根こそぎトラックで持ち去っていくとか、そんな犯罪も起こってるらしい。
 電子マネーが軸になれば、売り上げ回収、釣り銭補充もいらないし、中に金がないから、いたずらで破壊されることはあっても、売り上げの盗難のリスクはない。

 あとはもう、鉄道の切符、コンビニ支払いなど、日常の少額決済が何でも、同じ電子マネーでできるようになれば、小銭を持ち歩く必要も、釣り銭のやりとりもいらず、なかなか未来社会で、いいと思うがな。

 でも、先日行ったレストランには、電子マネーとかクレカのIC決済の機械が、三つくらいレジに並んでいて、いささか不細工な現代社会の図だったんだよな。


教科書検定 沖縄戦問題

 まだやっていたのか、という感想。さっきニュースを見た。

 この問題に関しては、三つほど論点を上げて意見をメモしておきたい。

 一点目は、そもそも一度決めた検定結果を、圧力団体の力が大きいからといって、いちいちひっくり返すものかどうか、という点だ。
 原則からいえば、これはもちろんノンである。
 そうでなければ、検定を行う機関の権威は一体何なのかとなるし、実際再検定の動きは、これまでの検定の意義、また今後の権威の重さをも、揺るがすものであると言える。
 明らかな誤謬をのぞき、本来いかなる権力にも屈するべきではない。問うのはシステムそのものであって、検定結果であってはならないと、考える。

 二点目。沖縄戦の、今回問題となった集団自決。これは歴史的事実か否か。また教科書にどう載せるべきだったのか。つまりは検定が、正しかったのかどうか。検定結果を変えるべきかとは別の観点からである。
 新しい教科書を作る会の藤岡信勝が、相変わらず狂った発言に唾を飛ばしていたが、実は正鵠を射ているでたらめも、いくつか含まれていた。
 つまり彼の言うのもでたらめだが、これまで歴史的事実としてほぼ認定されてきたいくつかのことにも、大した根拠がなかったり、誇張されているものがある「可能性」は否定できないということを、示したのである。
 歴史的事実そのものの問題ではないが、集会に何万人集まったとかいう話に、数千人に過ぎないとか言う。この時、間接的に、数千人にも根拠はないが、数万人という「公式」発表も、どうして数えたのかなど示されていないあやふやな数字であることが明らかにされる。
 また「被害者」である沖縄市民には、被害を誇張する動機もあるのだ。藤岡らは「なかった」という極端なでたらめを吐き、被害者の誇張の「可能性」を浮き彫りにする。
 我々は感情に流されて、気の毒な人の言い分を大いに信用しがちで、マスコミの誘導にも、そうした心情は利用されるのだ。
 私自身は、様々な情報と、「合理的な解釈」から、集団自決と、その軍部の強制があったことは確実と考える。しかし、規模や強制の程度、やり口のむごさについて、誇張がないとは断言できない。捏造された逸話も、どうやら存在するようではある。これらを述べることが、まるで背教者のように指弾されることは、やはり問題である。

 三点目。要するに教科書検定はどうあるべきか。
 この問題で示されたようなポイントについて、検定は触れてはならない。
 教科書検定は必要だが、それは学校教育の水準を維持するための、十分な機能を果たすものとなっているかだけを、ポイントにしたものにすべきである。
 明らかな誤謬。難解すぎる記述。指導要領により身につけさせたい知識技能を網羅しない、また網羅していても、十分にそれらを子どもに身につけさせることができない内容。
 そうしたものを、弾けばよい。歴史解釈やイデオロギーに踏み込むことには、触れてはならない。
 触れたからこそ、その意義が問われ権威が揺らぐ今の事態を招いている。

 家長訴訟は敗れたが、今回のことでやり過ぎは難しくなるだろう。調子に乗りすぎた例では、東京都の日の丸君が代の起立に関する訴訟でもいえる。
 右だろうが左だろうが、根本的な法解釈や人権感覚は、どちらかが優れているということはない。
 しかし今国の中枢や、地方自治体を動かす人たちのなかの保守派は、庶民的プチ右翼並みに意識が低く頭が悪い。これを叩ききれない左翼も情けなく、このバカさ加減にまだ乗せられる民度の低さも、この世の終わりと思えるほどに情けない。

プロフィール

Y.S.

Author:Y.S.
ネットを中心として活動する文章屋です。最近はiPhoneにはまってます。

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