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文章屋Y.S.のよしなしごと日記、音楽映画書評など

高校必修教科未履修問題

 これも何も書くまいと思っていたのだが極端にズレた文言が多すぎる気がするので、ちょっと考えをまとめておこうかと。

 未履修が大量発覚して、「受験に使いもしない世界史」の授業を毎日受ける特進の高三はかわいそう。って
 ……高校生には全く責任はなので、気の毒だし、今さらどうしようもないので、特例で高卒資格をやってもいいような気はする。不公平という論調もあるが、こと高三に関しては今さら詰め込んでも身になるまい。形だけのことなら意味はない。建前のためにただでさえストレスのたまる受験生を追い込むこともないだろう。

 それより問題は前段だ。世界史や音楽や美術はやらなくていい、という見解に関してはいろんなところでデフォルトになっている。
 これはおかしい。高校は大学受験のためにあるのではない。無論大学受験のためだけの学校もあっていいが、文科省の定義する高等学校はそういうところではない。
 「人格の完成を目指す」という教育の目標があって、義務教育でない高等学校では、義務教育九年よりは複線化した、レベルも様々な教育内容が容認されているとはいえ、理系だろうが文系だろうが、ある程度の広汎な領域をカバーした必修教科が定められている。
 より専門化した教育内容に特化した学校も、現行法制上存在する。受験科目だけをやって他の必修教科をないがしろにするような学校は高校ではない。全人格的な育成を目的としていない。

 大学だって、建前というか、ルール上は、いくつかの必修科目は学校で単位を取っているから試験はしないということではないのか。実際、音楽や美術などは、その方が合理的だ。
 問題の根本は、大学入試のシステムと、社会背景、相変わらずの学歴社会にあるようだ。
 そもそも大学はどんな人材を欲しがっているのだろう。受験科目だけわき目もふらずやってきたペーパー秀才なのだろうか。
 営利企業が求めている人材は、実はペーパー秀才であるかもしれない。事務処理能力に優れ、努力が持続する。ちょっと皮肉を込めるなら、余計な疑問は持たない。
 高校や大学が、そのような人材工場になり果てる(ている)としたら悲しいことだ。逆説的に言えば、今や人は学校に、多くを期待しなくなったということだろうか。

 「生きる力」とか言うものは、いくら文科省が力もうと、もともと学校に多くは望めないものと言える。「創造性」なんかもそうだろう。
 しかし、いわゆる「知」の領域は学校の専門分野だ。半義務教育化して、義務教育の補填の役割も果たしているれっきとした高等学校ならば、広汎な知の育成をはかるために欠くことのできない領域が、受験や大学の事情にかかわらず存在するはずだ。それが必修教科だ。必修教科に何を選びどのように課程を構成するかは議論の余地があり常に見直しを求められる。しかしその基準は大学入試とは無関係だ。その上で学生や昨今の家庭が「高等学校」など選ばず、学習塾や予備校を選ぶならそれでいいし、大学もその手の人材が欲しいなら、もう「高等学校の上にある大学」という看板は下ろしたらよい。高卒資格なしで入れるようにすればいいのだ。案外企業からも評価されて、受験生が殺到するかもしれない。

 個人的な話だが世界史は大嫌いだった。教科書と授業のやり方に問題があったように思う。暗記に偏らず、ざっと全体を俯瞰できる授業をしたら、好みの人物や歴史的事件をテーマに二、三本レポートを書くような授業にすれば、歴史観とやらが身についてよいと思うが。それこそ受験科目じゃないから点数取らなくていいんだからさ。

 

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いじめ自殺予告:都知事の発言

 自殺予告の11日は「無事」通過した。もうこの件に関して何も書く気はなかったが、都知事の発言をニュースで知って唖然とした。「あれは大人の文章でしょ」という断片だけの時は、またアホが目立とうとして、としか思わなかったが、全貌が以下の記事通りならいかにもひどい。


 いじめが原因で「11日に自殺する」との手紙が文部科学省に届いた問題で、石原慎太郎都知事(74)が10日、「あんなのは大人の文章だね」と手紙が “偽物”であるとの見方を示した。また石原知事は、いじめを苦にした自殺が相次いでいることについて「甘ったれている」などと指摘。問題解決のために「もうちょっと親がしっかりしたらいい」との持論を述べた。文科省はこの日、自殺を示唆する手紙が新たに5通届いたと発表。自殺の決行日とされる11日、東京都豊島区では、管轄の3警察署が“厳戒態勢”をしくという。

 文科省に6日に届けられた「いじめが原因の自殺証明書」について、石原知事が信ぴょう性に疑問を投げかけた。

 「あんなのは、大人の文章だね。愉快犯っていうか。今の中学生にあんな文章力はない。理路整然としていて。私は(本物とは)違うと思う」

 文書は「11日に学校内で自殺する」と予告している。手紙が投函(とうかん)された可能性が高いとされる東京都豊島区を管轄する警察署は、11日に区内の学校周辺を重点的にパトロールすることを決めている。

 「届けられた方は迷惑千万。放っておくわけにもいかないだろうが。(自殺を)予告した日は、あしたですか。今まで文科省は何をやったのか知らんけど、あれだけの騒ぎになって、(文書を送った)当人は満足して、死なないの? 死ぬの?」親にも問題がある 文科省には、同様の自殺予告手紙が相次いでいるが「自殺なんか、予告して死ぬなって。甘ったれているというか」と厳しい言葉を投げかけた石原知事は、独自の“教育哲学”を披露した。

 「親はなんで(いじめ問題に)関与してこないのかね。まず親が関与すべきじゃないか。私なんか、子供にけんかの仕方を教えましたよ。そしたら効果があって、たちまち相手を倒して番長になっちゃった。そういうことを親が教えればいい」

 実際に、長男の伸晃自民党幹事長代理(49)の小学生時代の“いじめエピソード”を挙げた。

 「先生に、私の名前をもじった実にいやらしいあだ名をつけられ、いじめられた。私はそれを聞き、すぐに校長に電話して『僕に劣等感があるか知らんが、もし改めなければ学校に出向いてその先生をぶん殴るからな。あんたの監督責任も問われるぞ』と言ったら、(いじめを)やめさせましたよ」

 石原知事自身も、いじめを経験したという。

 「僕だって、転校してきた時にいじめられた記憶があるが、やっぱり自分で戦った方がいいと思う。こらえ性がないだけでなく、ファイティングスピリットがないと、一生どこへ行ってもいじめられるんじゃないの」

 一方で、いじめを先導する教師に対しては、厳しく批判した。

 「陰湿なのは、教師がいじめること。これは本当に子供にとって不幸だ。卑しい、貧しい教師がいる。自分の人生の弱み、ひがみを、教えている弱い子供にぶつけている。生徒もいっしょになっていじめてしまう。そういう教師は許せない」


 中身については、実は同意できる部分は多い。いくつになっても周りに悪人も敵もいる。戦える力をつけなくては、本人の幸せも覚束ない。
 しかし、万に一つでも自殺予告が本物だった時のことを考えないのだろうか。それに、予告した当人以外にも明日にも死にたいと思ってる子が、この発言を聞いてどう思うだろうか。東京都知事、東京で一番偉い大人はこういう人なんだ。こういう人が世の中を束ねてるんだ。甘ったれるなの発言もいいが、相手は子どもだ。殴るも怒鳴るもいいだろう。しかし「死ぬの、死なないの?」なんて発言があり得るのか。命への畏敬も子どもという未完成な存在へのいたわりも感じられない。あわれな老人と言う外ないが、彼は東京都知事だ。忘れられた過去の作家という扱いで看過できない。
 ついでながら、毎度のこと自慢が入ってるのが不愉快だ。特に息子自慢が「実にいやらしい」と感じるのは私だけだろうか。

文科省宛自殺予告

 はっきり言って現状でこのブログを小中高校生が読んでいると思えないが、検索で引っかかることもあろう。一応やさしめの文章で考えを書いておくことにする。

 文科省あての手紙は、いたずらの可能性が高いと思っている。もちろん今の段階で断言はできないし、人の命がかかってることだから、文科省トップの対応もまちがっているとは言えない。これをきっかけにいたずら手紙のたぐいが文科省に殺到するようだと日本も本当に終わりだという気がする。冗談にしていいことと悪いことがあるだろう。
 連鎖自殺もこわい。不安定な心理にある子は、ささいなきっかけで一線をふみこえるだろう。

 レベルの差こそあれいじめを経験したり、間近に見たことがない人は、今の大人にだってほとんどいないんじゃないかと思う。大人の社会にだっていじめはある。それは言っておくが子どものいじめよりもっとひどい。会社での立場やお金の上下関係にもとづいて行われることが多いからだ。戦おうとすれば、たちまち会社をクビになって奥さんや子どもを食べさせることもできなくなるかもしれないなどという危険がある場合の逃げ場のなさは、学校の比ではない。

 今いじめにあって死を考えている子に言いたい。この世からいじめは絶対になくならない。そんな理想や希望なんかもたなくていい。今君をとりまくくるしみさえ解決すればいいではないか。戦うすべがないなら逃げればいい。まず家に閉じこもっていいから、味方になってくれる人と落ち着いて話すことだ。学校や先生に少しは期待ができるなら、自分の身を安全にしてから、相談してみるといい。どうしようもなければ転校してもいい。学校に行かなくてもいい。死ぬよりいい。
 死んだら終わりだ。もしあの世があったとしてもそこにいる君はもう君ではない。楽になんかならない。消えてしまうだけだ。君を大切に思ったり一人でも必要にしてくれる人がいるなら、消えてなくなってはいけない。
 
 生きのびたらその先を考える。いじめはこの世からなくならないと言った。大人にも子どもにも「悪いやつ」はいる。この世の中からそれが消えてなくなるはずなんかないだろ? たくさんの人間のくらす世の中に出れば、それと戦ったり逃げたりしながら、生きのびなくてはならない。でも悪いヤツばかりじゃないのも知ってるだろ?

 むじゅんするみたいだけど、死ぬくらいならダメなやつでもバカでも悪いやつでもいいから開きなおって、逃げまくって生きてみてはどうか。ゆっくり考えれば希望も見えてくるはずだ。
 
 世の中そうはくさってないと、今はまだ言えると、私は思っている。生きのびる価値は絶対ある。

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ネットを中心として活動する文章屋です。最近はiPhoneにはまってます。

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