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文章屋Y.S.のよしなしごと日記、音楽映画書評など

驚愕の判決:日の丸君が代訴訟

 驚天動地、と言っていいだろう。東京都の、学校の儀式的行事における日の丸君が代強制と、起立・斉唱をしない教職員への処分に関わる通達(長いけど日の丸君が代を学校現場に持ち込むかどうかの裁判ではないので……)が、明確に「違憲」であるとして、原告側が全面勝訴した。地裁レベルではあるが、まさに画期的だ。
 
 日の丸君が代は勿論、家長教科書訴訟など、もうこの三十年(もっとか?)くらい、教職員組合、左派、もしくはリベラルサイドが行政を訴えた裁判は、連戦連敗。ほぼ勝ちなし、と言っていい。地裁レベルとは言え、それが逆転した。しかも通達を「違憲」と言い切っている。上級審でひっくり返ったとしても、この判決の意義は大きい。日本の司法も死んではいなかったということか。

 個人的には、日の丸君が代が「公立学校」で掲揚され歌われるのはごく当たり前のことだと考える。戦後処理が甘く大東亜戦争の当事者がずっと政治経済に力を持ち続けていたり、周辺国の反発を当然のように招くあり方。日本の戦後政治そのものが、日の丸君が代を穢してきた。
 教職員組合があれにこだわったのは、本当は旗だ歌だという問題ではない。教育行政は現場にどこまで強制力を持つのか、教員一人一人はどこまで自立した個として、子どもの教育にあたれるのか。憲法や法律は絶対ではないが、教員は国のために教育を行うのではなく、ひとりひとりの子どもに対して責任を持つということは法律上も明記されているし、そうでなくてはならない。国だって間違う。その時、ただの道具として教壇に立つなら、教員になる意味などない。「これはおかしい」と思ったら、その時自分の力で判断し行動するのが教える者の立場で、子どもにもそうなってもらわないといけない。
 日の丸君が代の闘争は、そうした教員の「自立性」と「管理」のバランスをを問うシンボリックな戦いだったのだ。
 しかしながら、いつの間にかこの問題は教職員組合・連合・社会党・共産党と、保守のパワーゲームの材料になってしまった。はっきり言うが、一時期日教組の個々の教員には自分で判断する自由はなかった。一部は本当に組合の方針に従って動員され行動し、投票する道具だった。これでは正義とか悪とか正しいとか間違いとかではなく、ただ強いか弱いか、多いか少ないかの勝負、ゲームに過ぎない。
 まだ教員の頃、カラクリが見えてきた私はうんざりして、個人としてトップダウンで国旗国歌を学校現場に強制することは好ましくないと「必ず発言する」方針とした。会議を長引かせる気はなかった。無知なまま新しく職場に入り組合にも入らない教員に、一応スタンスだけは伝えておきたかったからだ。
 結局のところ、パワーゲームに陥ったこの闘争は組合側の全面敗退となった。社会党崩壊、教職員組合組織率激減、それと、式典の最中に国旗を引きずり下ろすなどという非常識な行動が、世論の乖離を招いた。今国旗国歌は、全国全ての公立諸学校の式典で、掲揚斉唱されている。

 だがこの現状はやはり民主主義国家としては歪んでいる。パワーゲームの勝敗など問題ではない。私の考えは揺らいでいない。

 保守の台頭とともに、行政側に圧勝の雰囲気が出てきたことが、昨今の東京都の教育行政の「行きすぎ」を生んだ気がする。
 この判決を聞いて、小泉(前)首相は国旗国歌は強制するととかじゃなくて基本的な礼儀の問題でしょう、とかコメントしたらしい。賛成である。
 仮に職員室に朝教員が出勤し、目の前にいる校長に挨拶ひとつしなかったとして、「減俸」「停職」など、あり得るだろうか。その教員を呼んで、「挨拶一つできない教師が子どもに何を教えられるのか」と説教でもするのが常識の範囲内だろう。説教をはなもにもひっかけられない「指導力」のない校長が、くやしまぎれに「処分」をちらつかせて頭を下げさせたら……。もし頭を下げたとしても、その教員は校長を、さらに低劣な人間と見下すことになるだろう。このような「いびつ」な職員関係下で教育を受ける子どもは全く災難だ。日の丸君が代の強要と違反者処分の組み合わせ、全く同じ構図ではないか? これが立派な、子どもの範たる大人のやることか。

 校長リードで式典の進行が決定されることはともかく、一般職員の意見が反映される機会はない。一教員は人格を否定されたロボットなのか。立ったか座ったかとか、口が動いてるかとか、チェックするのも、その結果「処分」するのも、北朝鮮の少年少女の作り笑いなみに不気味だ。その異常さに気がつかないのか。それが「調子に乗りすぎ」というやつだ。

 裁判所の判断。三権分立が建前の国家のわりに、疑問を感じることが多いが、法律をよく知る人間がクールに判断して「いくらなんでも」となったのだろう。
 やりすぎて足下をすくわれた行政側は、「一歩後退」では済まないダメージを食らったと思われる。よその自治体の保守派の渋面が目に浮かぶようだ。

 上級審でこのまま確定すれば、この判決は一つの分水嶺となろう。


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酒に甘い日本

 先般飲酒運転での大きな事故が相次ぎ問題になっているようだ。前の改正で飲酒運転に関する罰則は大幅に強化され、「危険運転致死」なんて罪状も作られたようだ。にも、関わらず風化現象か飲酒運転による事故は増加傾向にあるという。
 私は厳罰化は飲酒運転の抑制に効果はあったと考えている。公務員だった頃は、厳罰化以前からものすごい神経の使いようだった。もっとも私個人はほとんど飲めないので、職場の雰囲気、ということだが。
 今般の情勢にも関わらずべろべろに酔って死亡事故を起こす人間は、その前から相当自暴自棄になっているはずである。ストレスか失職か社会風潮か、自暴自棄になる人間が増えているから重大事故も減らないのだろう。

 ここまでは枕だ。だいたい、理性や判断力を失うほど酔うのはいいことなのか。麻薬や覚醒剤のトリップやハイとどう違うのか。
 酒文化をもてはやす人間は多い。ドイツで各地の地ビール楽しんできたとか、粋がって旅行記に書いてる人間がいたな。実はLSDやコカインも、主として欧州で知的ハイソサエティにもてはやされた時期もある。
 いかに粋がろうが、化学物質で脳を狂わせてハイな気分を得るという点において麻薬や覚醒剤と酒の間に本質的な差はない。
 だからと言って、私は酒を麻薬並みに規制しろとか主張するものではない。あの「自己責任」たらいう言葉にもとづいて、自分なりに健康や他者への迷惑を配慮して楽しめばいい。本来麻薬や覚醒剤にも同じことが言える。ヘロインあたりは猛烈な依存性があって普通の人間は確実に壊れてしまうようだが、マリファナ、コカイン、メタンフェタミンあたりは、日常的に使用して六十過ぎまで普通に生きてる人間が山ほどいる。酒はといえば、キッチンドランカー、アルコール依存症、身近に一人や二人いない人の方が珍しかろう。
 べろべろに酔っぱらって車を運転するなど幻覚剤を注射して運転するのと同じだ。同様の重罪が科されるべきである。

 一方もう少し日常的にも、日本は(諸外国は知らぬ)酒の上の過ちに甘い。以前学校の教頭が普通の居酒屋で悪酔いしてバイトの店員さんの尻に触っていた。平教員が平謝りして彼を店から引っ張り出した。彼は現在校長になっているが果たしてその資格はあるか。酒の上でのセクハラもだいぶ裁判沙汰になるようになったが、当然の流れだ。
 他人のいる空間で理性や判断力をなくし、汚物をまき散らす行為が粋であるとはとうてい思われない。舌の滑りがよくなって面白いジョークでも連発するならいいだろうし、親しい友人の中にあって、「酔わなきゃ言えない」グチを長々とこぼすのもまあ、いいだろう。だが先述の教頭のような輩は、外で酒を飲む資格はない。免許取消ってところだ。
 今はアル中でも酒はいくらでも買える。いっそ酒の販売、年齢制限だけじゃなく免許制にでもしてはどうか。

東京事変ライブDVD JUST CAN'T HELP IT. それからロックの話

 大阪厚生年金のライブに行って以来、どこかで音源が拾えないか探しまくっていたのが、ライブで初公開された新曲ミラーボールとバービーボーイズの「
コピー」であるC'mon Let's goだ。ライブに行った者の特権であるばかりではなく、素晴らしい快演だったからだ。Winnyでミラーボールは落としていたのだが、あらためて高画質で見られて大満足。
 DVDの中身はライブセットをほぼそのまま収録したもので、余計なものは一切入っていない。最近はDVDを構成するディレクターの質も上がってきたのだと思うが、昔はライブのDVDやビデオ、ひどいものが多かった。せっかく乗ってきてるのに、途中でインタビューや舞台裏映像が入る。LPの46分なりCDの70分なりも、ただ無意図に曲を並べているわけではない。ライブセットも、演出やトーク、衣装替えも含めて、一本のショーとして意図的に構成されており、その創意を勝手にDVDをコーディネイトする人間がいじってはいけない。無論カットする曲や、しゃべりだって全部は入れないから、ライブとライブDVDは同じ商品ではないが、だからと言って間に余計な映像を挟んでライブセットの構成意図をメタメタにするのは、TVCMを挟むようなもので、何千円も払ってDVDを買う客に提供すべきではない。特典映像で別枠再生できるようにすればいいだけのことだ。

 話を東京事変のライブDVDに戻すけど、ようはライブと同じで、ロックを素直に楽しましてくれる、日本のメジャーポップス界では最高峰のショーを見せてくれている。
 圧巻は拡声器を持ったメンバー全員のユーモラスな「ダンス」が見られる「サービス」以降だ。ライブでも興奮しっぱなしだった。林檎時代の曲は少女ロボット(本来はともさかりえに提供された曲でCDなどには入ってなかったかも)、本能、丸の内サディスティックだが、本能は過去のCD収録のものとそう変わらない。「丸の内」の方はメロー(?)なかなり思い切ったアレンジがされている。これは必聴。私個人的にはピアノの音が、素晴らしい。しびれる。

 全体的に、「サウンド」が優れている。ギターの音色や楽器ごとのバランスなど、神経質までにこだわわるのは、ロック本来の「破壊的スピリッツ」に反するようだが、ロックであれ優れた作り手は昔から音に病的な神経質さを持ってきた。ジミヘンの偏執狂的音へのこだわりはよく知られているところだ。
 
 「無罪」と「勝訴」の椎名林檎は間違いなく新境地を拓いており、あの二枚は日本ロックポップス史に残る名盤だ。東京事変は、何一つ新しいものは提供していない。しかしロックの楽しさを、十分表現している。勘違いでなければ、林檎自身が、「次々と忘れられて消えていくような音楽をやりたい」と、どこかで言っていたと思う。
 別に新しくなくてもいいのだ。完成度が高く楽しめればいい。一年経ったら忘れられる曲と、100年歌い継がれる名曲で、どちらが上だとか下だとかいうことは言えない。束の間輝いて消える流れ星のような存在は、商業芸術ならではのものだ。

 東京事変も林檎は長くやる気はないだろうが、あとCD二枚分くらい、「同じような」「楽しい」ロックを聴かせて欲しい。

東京事変/JUST CAN’T HELP IT.
http://pt.afl.rakuten.co.jp/c/035cf094.f037ca92/?url=http://item.rakuten.co.jp/book/4093107/

セグウェイ?

 初めて聞いたが、何でもブッシュが小泉にプレゼントしたことがあるらしい。ソフトウェア不良で全機種リコールだそうだw

 「未来の乗り物」とかいうコピーがなされているが、日本ではほとんど見向きもされなかったのも道理。重さが30kgもあって20kmしか走れない。スピードも最大20km/h。充電に8時間かかるw(ただし、ある程度改良はされている)。立ち乗り。ってことで、実用性皆無。どんな未来で使うつもりなのかさっぱりわからない。
 こんなものが未だにモデルチェンジして発売され続けてるなんて、アメリカも不思議な国である。

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