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文章屋Y.S.のよしなしごと日記、音楽映画書評など

ニートという生き方

 だいぶ前からこういう生き方をしてきた人はけっこう多かったはずだし、「引きこもり」という言葉もあった。「ニート」という言葉が使われ出したのはここ一、二年のことだろうか。「ぷーたろー」あるいは「ぷー」をフリーターと呼ぶのと同じで、少し格好のいい言葉にしただけなのか、あるいは「ひきこもり」とはニュアンスが違うのだろうか。
 いずれにせよ、それなりの年齢になっても、仕事もせず、学びもせず、あるいは積極的に遊び回るでもなく、家に閉じこもって、経済的には身内、多くは親に依存するという生きかた、という感じで捉えているのだが、合っているだろうか。
 私は、特にそういった生き方を否定するものではない(というと驚く方もまた多いのだろう)。しかし、テレビ番組に出てきて、得意げにしゃべくる自称ニートがいると、先日実家に帰った折りに聞いて、驚き、そして呆れた。最近TVをほとんど見なくなったため、全くの初耳だったのである。
 人が、ニートという生き方を選ぶ、もしくはそうなってしまう背景や原因は様々で、十把ひとからげにはできないと思う。学校でいじめられて不登校になり、そのままどうしても社会へ出て行くことができない人。世間が認めるエリートコースを歩んできた人間が、小さな挫折をきっかけに外に出られなくなってしまうケース。また、無自覚的に、親の言うままに塾通いにいそしんでがんばってきたが、遅いアイデンティティの開花とともに、そのような優等生的な生き方に疑問を感じ、自分の存在意義や生き方がわからなくなって、社会に出られなくなった人。また、精神病のケースもある。ある種の恐怖症や統合失調症による活動性の低下が原因の場合である。
 いずれにしても、ほとんどネガティブイメージしかわいてこないし、本人も苦しんでいたり、あるいは苦しんだ末の割り切りで、自分はこう生きるしかない、と考えていると、そう思っていた。ところが、親父からの又聞きだから正確ではないかもしれないが、TVで得々としゃべる自称ニートは、自分たちの生き方が、時代の最先端を行くカッコいい生き方であるかのように主張していると聞いた。こうなると、親父が、「皆殺しでいい」と爆弾発言をした気持ちもわからないではない(笑) 実際、やはり私の思うように苦しんでいたり割り切っていたりする人がほとんどで、得々としゃべる自称ニートは、迷惑千万なのではないかと思う。そっとしておいてほしいと思っているニートや、その家族が大半ではないのだろうか。以前「オタク」という言葉が社会に広く知られるようになった頃、宅八郎というタレントが登場した。彼は、オタクのことをきちんと理解はしていたが、彼自身はオタクではないと思う。あれだけの社会性と如才のなさを備えたオタクは、すでにオタクではない。しゃべくり自称ニートも、同じようなものではないのだろうか。

 話を戻すが、私がニートという生き方を否定しないのには、それなりに理由がある。
 現実問題、現在進行形で彼らは飢え死にはしない。親の甲斐性で何とかなっているわけだ。だったら、何がうれしくて「世知辛い世間にデビュー(椎名林檎の言葉w)」しなくてはならないのか。実際問題、働いて食っていくことは非常につらい。私自身、苦痛と戦い、挫折寸前に追い込まれたことも数知れず、である。その程度がつらいというのは甘えだ、とか、そんなのつらくない、とか、つらいのは弱いからだ、という輩には、こう言っておこう。「お前が鈍感なのか、もしくは誰かを傷つけたり踏み台にし、ストレスを解消して、『成功』しているかのいずれかじゃないのかい?」と、また「お前らのような人間がニートの増加の根本原因じゃないのかい?」と。現代社会を働いて生きていくのはつらい。だからこそ、親父の「皆殺し」発言が出るわけだ。こんなにつらい思いをして働いた金の一部は税金として払い、その金が、親の庇護のなくなったニートに、生活保護とかいう名目で流れるとしたら、そうたやすくは納得できないし、まして自慢げにテレビで語られた日には、ブチ切れるのも無理はない。実際、ニートにも二タイプいるだろう。本当に飢え死にしそうになったら何とか自分から動く、という者と、そのまま死を待つのでも構わない、というスタンスである。日本では、まず食えなくなることはない。あるいは今現在食えている。これがニート増加の一つの要因だ。
 二つめは、現代社会のありようである。過労死、企業の下請けいじめ、人の命に関わる食品や車を扱う大企業の信じられない嘘つきぶり。「成功者」の醜さ。挙げればきりがないが、ちょっと感性の鋭い人間なら、こんな社会に出て行くことに幻滅を覚えるのも無理はない。家に閉じこもっていれば、出世レースで仲間を蹴落とす必要もなく、赤字でジリ貧になった「我が社」のために消費者に嘘をつく必要もない。こうした動機から半ば主体的にニートとなることについては、私は理解というよりある程度の共感を覚える。しかし、ニートになっても誰も傷つけなくて済むわけではない。普通に考えて、近しい身内、特に両親は心を痛めているであろうと思う。しかし、過労死やいじめ自殺に比べたら、まだ家に閉じこもっていてくれた方がマシだと私が親なら思う。たくましく生き抜いているように見えて、人の生き血を吸うようなえげつない商売をして、多くの人間を自殺や一家離散に追い込む生き方をしている息子がいたら、「俺があいつを殺した方が世の中のためになるだろうか」とか考えるだろう。

 学校も社会も、喜びや夢にあふれた本当の豊かさを目指す方向に舵を切るなら、自然にニートなど減るはずだ。現に存在するニートを責める前に、それらを考えることが肝心だ。ニートがこれだけ増えるのは、現代社会が夢も希望も理想も正義もないように見えるからである。少年犯罪が減らないのもこの辺に原因がある。感性の鋭い人間は気付くのである。社会を支配する人間の「欺瞞」に。それと真っ正面から戦おうとする人間もいれば、逃避する人間(不登校やニート)もいる。こんな社会は壊してしまえと犯罪に走る子どもや大人もいるわけだ。
 私自身は社会に怒りを覚えることは多いながらに、戦うほどの力もなく、元気な時は少しでも世の中をよくするために役立ちたいと思うし、弱っているときは何もかも投げ出して消えてしまいたくなる。ニートもさまざま。良識やまじめさを持っている人間もいれば、TVで得々としゃべる世の中をナメたバカもいるわけだ。
 だから私はニートというだけでその人間を否定もしないし、もちろん逆に「君たちこそ正しい」と、扱う気もない。ヤクザだろうとヒモだろうと、代議士だろうと社長だろうと、そんな肩書きで人間の価値が決まるとも思わないし、好悪の基準ですらあり得ない。実際に関わってたくさん話して、初めてわかるのが人間というものだ。

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ネットを中心として活動する文章屋です。最近はiPhoneにはまってます。

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